迷わず行こうよ、行けばわかるさ

何でも経験してみなけりゃわからない。やってみると先がみえるよね。還暦オヤジのダイアリー。

三木清氏の言葉から

■ 偶然のものが必然の、必然のものが偶然の意味をもっている故に、人生は運命なのである。

■ 死に対する準備というのは、どこまでも執着するものを作るということである。私に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する。

By三木清 - Wikipedia


友人のフェイスブックの投稿から知った言葉。いやー、その通りだね。最初の偶然と必然。自分を振り返っても何度も転職したけれど、今振り返ると現在の仕事も含め、一連のものだった。偶然に思えた出会いも友人の紹介や情報から繋がって行った。結果必然としか例えようがない。途中2度勤務先も消滅して、「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉も偶然であり必然だったんだと思うよ。でなければ現在のオレってのは無いからね。運命や必然って全然信じてこなかったけど、どうもそう考えた方が納得できる。というか、こういう”言葉”を通り過ごしてきたけど、目に留まるようになってきたね。


2つめのどこまでも自分が執着できるものが、唯一、必らず死を迎えるオレらの生きる希望だってことだよね。家族だって言う人もいるだろうし、仕事だっていう人もいるだろう。現在のオレにとっては”自由に生きれるかを試し続ける”です。(何が自由なのか?も含めてね)ほんと50歳になっていろいろ見えてきたよね。”死んでしまうこと”が視野に入ってきたから、遠くない予定に入ってきたから、なのは間違いないと思うよ。