迷わず行こうよ、行けばわかるさ

45で帰郷。何でも経験してみなけりゃわからない。まわり道でも行ってみたくなるよね

遺伝子バトンの件

オレ(独身ね)は認知症が始まった天然系の父親と暮らしてるんだけど、今日久々にあぁとため息ついた。晩御飯たべてTV見ながら談笑してたら、、、

 

「お前、誰かいい人はおらんとか?お前で終えて(しまえて)いーとか?」

 

うわ、また?いきなりヘビーなカウンターパンチ。今まで何回かはっきり聞かれてるけど、もう忘れちゃってまた聞くんだよね。う~ん。。。

 

父親が言ってるのは、”誰かと暮らしたほうが楽しいぞ”という心配、それと”オレらの遺伝子”の話。オレらの家系ではない。どうしてかっていうと、父親も母親も養子と養女同士で血縁は2代前でもうわからないから。オレも父方の本当のじーちゃんは会ったことあるけど、ばーちゃんはない。母方に至っては本当の(血縁の)じーちゃん・ばーちゃんともに会ったことない。なので〇〇家の存続っていう気持ちは父親にもオレにも無いから。それでも一応永代供養はオレ含めてちゃっちゃとやる予定。

 

オレらには”家”とかっていう社会的なこと、概念が存在してないから、断絶しようとも、別にね、と思うんだけど、パーソナルな部分の「ここまで連続してきたMy遺伝子の記憶」みたいのが脳に確実にあるよね。オヤジにもオレにも。たぶんほとんどの男性にも。あ、女性もだね。これは本質的な奥底の記憶で自分で排除しようったってできない奥底のオーダー、刷り込み情報。先祖から長い時間をかけてバトンしてきた記憶。受け取ったバトンを次に渡さない、(正確に言うとバトンを渡せるのに渡そうとしてない態度)というのはかなりの覚悟がいる。オヤジはそれをストレートに表現してるだけ。言いたいことはよくわかってる。

 

答えとしては、あのね、もう今年56だからさ、色んな意味で無理だって、と。結婚っていう制度はどうでもいいことなので、そりゃ信頼できる人と一緒に暮らす(もしくは一緒に暮らさなくても)のは歓迎だよ。だけどね、今から遺伝子を残そうなんてのはさ、もはやこちら側の選択ではないんだよね、ほぼ相手側の選択。そこをわかってくれてない。なぜゆえ平気で言えるのか、オレには不思議・・・。石田純一さんは別格の例外なのに気付いてくれない。行く先あやしい経済環境、そして東京を戦線離脱し帰郷して地元の会社で新人として働いてる56歳、ってことをよく把握してないんじゃないかと思う。

 

ここんとこ、この問題は忘れて過ごせてたのにねぇ。オヤジ、人としてとてもいい人だし、一緒に暮らすのに何ら問題ないんだけどね。この話はまた想い出したように何回もするんだと思う。たとえオレが65歳とかになってもね。多分オヤジは、ずっとまだ大丈夫だよって言い続けると思う。もう面倒を超えて、そう思ってくれることの唯一の存在の大事さを考えると感謝だよね。

 

すごい勢いの物忘れについては、腹たたなくなってきたよ。何事もできると期待しなきゃ大丈夫なんだね。今は出来ないで当たり前と思って、洗濯とか掃除とかしてくれたら「ラッキー」なんだよね。「人に期待しないこと」はまずもって重要な事柄だと思うよ。たぶん親子だけでなく、すべての人間関係においてね。わかってもらえるはずとか、なんでわかってくれないの?とかさ。少しでも理解・実践してくれれば、「ラッキー」なのだ。今頃実践、体感するのも遅すぎるけどね。

 

話変わったな、元に戻すと、この問題については、「甥が2人もおるやん、良かったね~」(妹の息子2人)と答えることにしよう。実際、それが救いだしね。