読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

迷わず行こうよ、行けばわかるさ

転職、放浪、介護、何でも経験しなけりゃわからない。まわり道でも行ってみたい。そんな感じの人生です・・・

仕事の本質4

去年書いた仕事の本質3。それでその時に「何で働くか?」を実践を通して結論として考えてたのが、まず「生活のお金を生み出すため(第1段階)」や「達成感を味わう(第2段階)」とかあるんだけど最終的には「仕事は寂しいからやる(第3段階)」ってアイデアだった。要約すると、お金が無いときはお金が欲しいから資金源として。そして少し生活に余裕が出てくると達成感、やりがいがないとねとなり、両方達成すると人と交流すること(=寂しから)が最終目的となっちゃうんじゃないかと。要は寂しいから働くって状態になるんじゃないかんとね。何回も転職したりしてこの1〜3を繰り返してたワケです。(特に会社が無くなったり、売却されたりもしたこともあり何度もゼロスタートした)


で、収入もそこそこあって好きな事もやってある程度達成してしまうとね、それでも今度はこれでいいのか?って空虚な感じなる。私の場合は結婚してなかったからこの空虚さがあるのだろうと思ってた。結婚という形でなくともきっと誰かと一緒に人生を歩まないとこの安らげない感じからは逃れられないのかな?と。きっと自分の家族を持ってないからそう思うんだろうな〜と思ってた。


で、同時進行で残りの人生はそんなに長くないと把握したので人生総仕上げの位置に来たなと感じ、収入より残りの時間を優先し、会社員をやめて海山に放浪したりした。(念願だったから、身体が元気な今のうちにやろうと)今年の7月で2年が経過する。そして念願だった放浪の日々も誰かと経験を共有しないと一人では楽しさに限界がくるのも判った。(ずっと一人がいいという少数の人もいると思うが)そんで、やっぱりこれでいいのだろうか?と思うわけです。


で、誰かと一緒だったら(経験を共有したら)それで良いのか?というのが答えな気もしてたんだけど、そうでもないかもとも思ってた。結婚したり一緒に人生経験を共有した方々はもう「これでいいのか?」と思わないのか?いや、実際周囲を見ても相当思ってる。「これでいいんだ」「とにかくハッピー」と実感してる友人はごくごく少数で、大多数はもっと何かしらを望んでる、もしくは何かが足りないと感じてるよう。


会社員をしてたら放浪に憧れ、実際に単独行動で放浪すると一人じゃつまらなくなり、じゃぁやっぱり仕事したくなる(収入面より精神的な人間関係のフローを生むの意)。で、そう感じたので「仕事の本質は寂しいから(=人と交流を生まねば)」と結論的に思ったわけですね、去年。これきっと結論だろーなーと思って過ごしてたわけです。それでこないだその主旨のことをまた書いた。→仕事したくなってきた(かも)


でね、最近心理学の本が面白いって思って色々読みだしてたら、その本の中に「嫌われる勇気」って本があって、ベストセラー本で中古が安くなってたので買ってたんだよね。そんで半分くらい読んだ時点で”判ってるし、実践してるから”と投げ出してた。内容としては世間や親からどう思われようと、自己中心的にならず(人に自分の価値感や考えを強要しない)自分の判断で思ったように行動するって感じ。


そんでこないだ行った沖縄に読み残しの本を3冊持って行って読んだわけ。「嫌われる勇気」も持参。で、残りを読んだ。そしたらね、最後に先読みできない回答があった。それまで例えば「自由とは何か?」って文章がでてくるとこういうことでしょうと先見して読めててほぼ予想通りだった。が、最後になって、仕事の本質3に結論として書いた「寂しいから働くのだ」の解説があったのだ。人とのコミュニケーション、フローを生み出すことが必要だって書いたんだけど、「毎日ハッピーと実感してるか?」という問いにはう〜んだった。その解説として、必要なのは「◯◯◯感覚」を意識し「この◯◯◯への貢献感」なんだって。(ネタバレなので)


よく地位も収入もある人が寄付や団体に寄金したりするのもこの理由なんだろうね。でもお金も余ってるし羨ましがられるだろうから、他者から良い評価を受けたいんだろうなぁと思ってた。そういう人も居るだろるけれど、そうじゃないんだね、多分。寄付や寄金することで自身に貢献感があるんだね。・・・これって逆に言えば地位も収入あってもダメなんだってことだよね、やっぱり。納得。


あー そういえば昔から自分はみんな部隊の偵察係を自認してたのだった。未知のことでも興味があれば不安でも取り敢えずやってみる。行ってみる。あっちは安全とかこっちはこうだとか。転職はこんな感じとか、現在のセミリタイアはこんな感じとか。 ブログはその報告書だよね。その意味ずーっと隊(友達)への連絡=貢献感を意識してきたので、◯◯◯を小さな部隊じゃなくもう少し大きい概念で考えれば良いってことだ。なんだ、方向は昔から合ってたってことじゃん(嬉)


何書いてるのって思われるかもだが(汗) 誤解のないよう書いておくと、他者からみて貢献したかどうかではなく、自分で周りに(家族よりもっと拡大した地域や人類など)に貢献してる感が必要だってことだね。他者のからの評価や承認は全く不要で誰に言わずとも主張せずとも「自分で貢献感さえあれば良い」のだってこと。何か足りないなぁと思ってること、それはスーパー要約しちゃうと「幸せ感は貢献感」なのだ。仕事の本質3で言いたかったことはこういうことでした。


心理学を勉強したりしてたらそう判ってるのかも知れない。自分で迷わず行こうよ、やってみようなんて決めて色々なことを経験し現在まで心理学を勉強もせずきたけれど、最後の部分は感じてはいたけど言葉になってなかったんだよねー。実践積んでたけど頭わるいから論理としてまとまって無かった〜。コレ読んであ〜そうだそうだ、これだって思った。いや〜オレには面白かったし、解説本だったよ。興味ある人、Kindleや中古で出回ってるので読んでみて下さい。きっとプラス効果があると思うよ。


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え