迷わず行こうよ、行けばわかるさ

何でも経験してみなけりゃわからない。やってみると先がみえるよね。還暦オヤジのダイアリー。

仕事したくなってきた(かも)

一昨年の7月に会社員生活を離脱し、ブログ右下のカウンターにあるように早や600日。やりたかった山歩きを中心に遊んできました。車にボードと山道具積んで日本行脚したり、スイスで2週間山歩きしたり。かつて非日常だった日々は日常になりました。こんな楽しい日々は無いなぁ〜とエンドレス・サマーな感じで過ごしてきました。


そして本格的に遊びだすと同時に、自分なりに何歳になってもフロー(お金や人間関係)を作り出せる方法を生み出そうということを課題としてました。これについては未到達な状況です。特に人間関係のフローはうまく行っていないと実感しています。普段より多くの人に話しかけたり、積極的に動くことを気を付けていたんですけどね。見渡せば当然ほぼ100%仕事してる人達なので海や山で遊んでる同僚や友人が居ないということが大きいのではないかと思います。おそらく残りの時間について考える感覚がちょっと違っているため、また、とても忙しく責任ある立場の年代なのかも知れません。


52歳でどこかに勤めに出る生活はもういいんじゃないか?リスク(就職出来なくなるなど)はあっても実行したい。この辺は若い時から何も変わらず猪突盲信です。何事も自分の眼で身体で体験せねば解らないと思っているからです。どうしても皆さんのように仕事をやりながら休暇をうまくやりくりし、というワークライフバランスを出来ないんですね。ワークならワーク、休暇なら休暇ってなっちゃう。振り返ってもそんな感じで来ています。先天性なのか後天性なのかわかりませんが(自覚としては先天的な衝動型だと思います)そうなっちゃう。小学生から付き合ってる医療系の友人は大人のADHDのような傾向があるとハッキリ言います(汗) 40年も一緒だからきっとそうなんだろうと思います。おそらく修正できない特異点だし、周りと違う相違点でもあるのでコレを活かしたほうがいいんじゃないか、と思ってるわけです。


「仕事をしたくなってきた(かも)」というのは再び会社員生活をしたくなった、というのではありません。時間を換金する発想は未だ対極だし(何を贅沢なと言われるが)、周りからの社会的評価は相変わらず全く不必要です。うまく自力で先述のフローを生み出せてないから、なんとか生み出したいという希望が強くなってきた、ということです。かなりキテいます(笑)このモードが始まると始めないことには収まらなくなってくるんですよね。この衝動的な強い願望は山に2週間行くぞ、という感じと何ら変わらないものです。たまたま海・山より集中しだしてきてるって感じです。まだ開始してないので(かも)にしています、、。


私の場合、心の針がある程度の回転数越えてきたら行動しだすのでそのうちわかると思います。このブログはその前段階の右往左往と実践編の繰り返し記録なのかも知れません。こうやって書き出しておかないと耐えれないんです。若い頃からノートにああだこうだと書きなぐってた。ブログは恰好のはけ口というかアウトプット手段です。毎日友達と飲めればそっちの方がいいんだけど大迷惑だし(笑) 話したり書いたりしてないと新しい発想が出ないんですよね。アウトプットしてるうちにポロッとでる。発想ったってまぁ大したことないんですけどね(汗) 私の場合、ブログはかなり多様な面で救われていると実感しています。(アウトプットすることで発見しその分新らしい情報をインプット、どうしてるかの連絡、そしてもはやエンディングノートでもある)


・・・というわけで、新たな展開か、転回か。夏は日本アルプス行脚じゃないのか?ドロミーティ行かないのか・・・? うーむな今日、、、


あら? また変わっとる! と思ったでしょ。・・・こげんあるとです(汗) 


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