迷わず行こうよ、行けばわかるさ

転職、放浪、介護、何でも経験しなけりゃわからない。まわり道でも行ってみたい。そんな感じの人生です・・・

発達してしまった科学は戻らない・・・?

昨日の日経新聞、吉本隆明さん(吉本ばななさんのお父さん、思想家)の原発に関するコメント。原発は出来るだけ他の代替発電に移行してくだろう、オレもそうだなと思ってたけど、考えてしまった。

『8・15からの眼差し』

詩人で批評家の吉本隆明氏(86)は戦時中、軍国主義少年だった。その体験を自らに問い、戦後、独自の思想体系を築いた。戦後思想の巨人に、今回の震災体験を聞いた。


−3月11日は、どうしていたか。

「自宅のこの部屋で書き物をしていたと思う。足腰が不自由で、自宅周辺のことしか分からないが、地震の後は、不気味なほど、静かだった」


−戦中と比べると。

「あのころの東京は、人々も町中の印象も、どこか明るくて単純だった。戦争で気分が高揚していたせいもあったろうが、空襲で町がやられた後でも、皆が慌ただしく動き回っていた。今度の震災の後は、何か暗くて、このまま沈没して無くなってしまうんではないか、という気がした。元気もないし、もう、やりようがないよ、という人々が黙々と歩いている感じです。東北の沿岸の被害や原子力発電所の事故の影響も合わせれば、打撃から回復するのは、容易ではない」


−復興への道は。

「労働力、技術力をうまく組織化することが鍵を握る。規模の拡大を追求せず、小さな形で緻密に組織化された産業の復興をめざすべきだ。疲れずに能率よく働くシステムをどうつくっていくか、が問われるだろう。
 それには、技術力のある中小企業を大企業がしっかり取り込む必要がある。外注して使い捨てるのではなく、組織内で生かす知恵が問われている。この震災を、発想転換のまたとない機会ととらえれば、希望はある」


−事故によって原発廃絶論が出ているか。

「原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬いものを透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いに安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防禦装置をつくる以外に方法はない。今回のように危険性を知らせない、とか安全面で不注意があるというのは論外です」


−明るさは戻るか。

「全体状況が暗くても、それと自分を分けて考えることも必要だ。僕も自分なりに満足できるものを書くとか、回年に好かれるといった小さな満足感で、押し寄せる絶望感をやり過ごしている。公の問題に押しつぶされず、それぞれが関わる身近なものを、いちばん大切に生きることだろう」

インパクトがあるのは、「発達してしまった科学を後戻りさせることはできない。それは人類をやめろ、ということと同じです。」というチト乱暴な言葉。けれど、そういう気がする。
しかし、後戻りさせる良いチャンスなのかなとも思うよね。とにかく脱原発でいいんじゃないという考えは再考の余地ありだね。日本が将来全部の原発を停止しても中国は推進してるから、風下の日本にはアッという間に来るからね。状況は簡単に変わらないしね。。。