今から生き方を見直していくのに(今回の震災で見直す、もしくは再確認することになると思う)、ちょうどいいなという文章があった。「バカの壁」著者、で解剖学者の養老孟司さん。(→養老孟司 - Wikipedia)
週刊文春、4月7日付けの阿川さんとの対談より↓
今、我々は自分の周囲の空間を「環境」と呼んで、あたかも自分ではないもののように語るでしょう。でもそれは十九世紀の西洋文明がもたらした考えなんであって。本来、環境も自分もない。世界は自分なんです。
つまり周囲から切り離した「私」というものの自覚はルネサンスから始まっているんだけど、一生懸命に「私」を確立しようとしたわけですよ。その動きが十九世紀に激しく進んだ。そうすると何が起こったか。自分と外の世界を切ったわけだから、そこで初めて「環境」ができちゃった。
でもそれって本当に切り離して考えられるものなのか? アポロ11号の月面着陸のとき、アームストロング船長が宇宙服を着てたでしょう。宇宙服と彼の肉体との間に何があります?
そう、一気圧の地球の大気があった。つまり、月面に地球の環境を持ち出したってことです。それがなきゃ死んじゃうから。ということは、それもまたあなたでしょう。欠けてはならないものという点で、あなたの心臓と同じなんですよ。脳みそと同じ。
今の若者に僕はよく言うんです、「君、田んぼを見て、あれが将来の自分だと思ったことがあるか」って。「稲から米ができて、その米を君は食う。米は君の体の一部になる。つまり、あの田んぼは将来の君を含んでいる。海だってそうだ。あの中にいる魚を、君は食べるんだろう」。でもそれってもともと、日本人にとっては常識だったんですよ。そんなの当たり前だろうって。
それを強いて切ったのが、西洋の近代的自我というやつです。そういうタイプの文化なんですね。だから環境問題なんていうものも起こる。
ずいぶん前に読んだ解剖学者の養老孟司さんの「バカの壁」。内容は、
「自分探し」なんてやめろ、本当の自分なんてない。身体を使え。・努力・辛抱・根性だ。自分の世界観が『変わる』ことに勇気を持ち、それを楽しめ。100年たってもなくならないような、人間の生活に密着した普遍的な職業を選べ。教養とは他人の心が解ることだ。
・・・というような言葉が書いてあった。生物自体のことを長く研究してきた人で、生物ってのは多様なんだとの考え、オレ、すごく好きなんですよね。今回の対談の文章は環境・環境ってアンタ、もともと発想がオカシイ・・・ということに目から鱗な訳でした。最新本「超バカの壁」はやく来ないかな。
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