迷わず行こうよ、行けばわかるさ

転職、放浪、介護、何でも経験しなけりゃわからない。まわり道でも行ってみたい。そんな感じの人生です・・・

「垂直の記憶」

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久々に山の本を読みました。山の本は危険なので封印してたのですが(笑)、気になる人物の唯一の本人著書と知り、思わず注文してしまいました。オーダーして届いたらサイン本で感激です。やはり・・・「垂直の記憶」は鮮烈でした。
著者は、2歳下の1965年生まれの44歳、単独・無酸素でバリエーションルートから(アルパインスタイル - Wikipediaと呼ばれる、全く別次元の登攀)の大岩壁登攀を続ける世界的クライマー、山野井泰史 - Wikipediaさん。
自らの判断のみで行動するため、企業からの支援やスポンサードを嫌い、自らアルバイト、冬季の富士山で強力(荷揚げ)などを生業として、また、功名を求めず自らの希望する美しい岩壁で登攀活動を続けている。一言で言えば生き方がカッコ良いのだ。カッコ良すぎる。
自らのクライミングの半生を振り返り、難ルートから挑んだ高峰への思いを自ら綴ってあります。すさまじい登攀への思いとともに、生い立ち、クライマーの妻妙子さんとの生活、棲家についてなどの「日常」の様子も書き綴ってあります。


冒頭の文章より・・・

「ギャチュン・カンの代償(手足の指10本を凍傷でなくす)はあまりにも大きく、一時は落ち込みそうになった。しかしギャチュン・カンを選んだことを誤りだと思ったことはないし、アタックしたことに対して悔やんでもいない。むしろ挑戦して良かったと思えるぐらいすがすがしい気持なのだ。あれほどの厳しい状況に追い込まれても、びっくりするぐらい冷静に判断を下し、自分の能力を最大限に発揮し、行動できたことに喜びさえ感じている・・・そして手と足を合わせて10本のもの指を失った現在、僕は長い間暖めてきた最高の夢を諦めなくてはならない・・・あの頃のようにもう登れないかもしれない。それでも僕は現在も登っている。岩を登っている感覚が好きだし、深い森の中を歩き回っていると落ち着くのだ。僕には登る意義など本当に関係ないのだ。・・・初心者に戻ってしまったが、また上を目指して一歩一歩、登っていこう。僕の二度目のクライミング人生は始まったばかりだ。どこまで行けるかわからないが、登っていこうと思う・・・」

そして7章からなる本作、第7章のヒマラヤの難峰ギャチュン・カンに7500m地点に登れなくなった妙子さんを残し、単独登頂を達成後、下降中、妙子さんとともに何度も雪崩に遭遇し垂直壁にピトン1本(ナイフ状の釘のようなもの)打ち込んでロープにぶら下がってビバーグ(仮泊)しながら、体力尽きて2人とも目も見えなくなり、-40℃のなかをグローブはずして手探りで、岩の割れ目を探して指を1本づつ犠牲にしながら(凍傷で失いながら)、生還めざして下降していく・・・なんて、凄いのだ。現実世界にあえない、命がけの愛の物語でもあるのだ。こんな夫婦が羨ましい。こんな夫婦が現時点でこの世に実在することをとても尊く思う。


・・・こういう圧倒的な本を読むと微熱がでる。好きな世界に集中して生きていく世界。山でも波乗りでも突き詰めるとこういったエキスパートの生き方になってしまう。で、そういう世界にとても憧れを持ってるから、脳内の一部分が反応して、日常の生きてる現実の感覚に切り替えるのが大変なのです。仕事とか地元で頑張るとか・・・そういった事柄がどっかに行ってしまう。富士山を4回と、ちょろっと北アルプスを2週間テント担いで縦走したくらいで、あの深い蒼い世界に取り込まれてしまい、こんな感覚になってしまってます。
山の吸引力は凄まじい・・・。